2009年度に入って第2回目となる第6回UMTPモデリング技術セミナーは、NTTデータの山本修一郎様を迎え、「要求モデリングの体系化に向けた取り組みとその課題」について講演いただきました。
山本様は、要求モデリングだけではなく、ソフトウェア工学全般において、理論と実践に基づく広い知見と深い洞察力を持ち、また最近はビジネスとITの接点に関して多数の書籍を執筆されています。現在は東京工業大学の特任教授としてもご活躍されています。セミナーでは、広範囲に渡る要求モデリングの技術分野を、以下の3部構成で解説いただきました。
- 第一部:要求モデリングの根幹となる概念や考え方
- 第二部:ゴール指向要求モデリングを中心とした具体的な様々な手法
- 第三部:体系化に向けた課題
第一部では、要求定義/要求工学が扱う対象や手法を分類・体系化するメタな視点を解説いただきました。
特に、最初にご紹介があったマイケル・ポラニーの境界原理は、講師がこの後解説する「要求モデリング」の根幹となる考え方であるといえます。境界原理とは、(1)「制御可能な範囲と制御できない与えられた前提・制約との境界の見極め」と(2)「目的達成のための機能と構造の仕様化」という視点で、様々な要求モデリングの対象を俯瞰するための枠組みを与えるものです。
また、この第一部では、非機能要求(試験や運用時のオペレーションも含むソフトウェアの機能以外に対する要求)、問題フレーム(解決すべき問題の分類とパターン)、要求仕様の完全性基準(要求定義の完了条件)といった考え方も合わせてご紹介いただきました。
第二部では、前半はゴール指向要求工学、後半はSysMLとアシュアランスケースの解説が行われました。
ゴール指向とは、問題に対して、達成すべき目的と手段を関連付けて整理する手法の総称です。具体的にはNFRフレームワーク、i*(アイスター)、GQM(Goal-Question-Metric)、更には、ゴールドラットのTOC(制約理論)やBSC(バランス・スコア・カード) UML-BM(Eriksson-Penker 法) リザルトチェーン分析(前提・施策・成果の連鎖構造)もすべてゴール指向の応用と捉えることができます。各々に対して具体例のご紹介がありました。
後半にご紹介があったSysMLは、UMLの拡張としてOMGが定義したシステムアーキテクチャのモデリング言語です。このセミナーでは、要求図とパラメトリック図によって、設計の目的や制約を表現する手段を備えたモデリング言語として解説がありました。
第三部は、体系化に向けた課題として、要求モデリングと他の技術領域との関係付けについて、問題を提起していただきました。また、モデリング技術の導入において考慮すべき観点についてもご紹介がありました。
セミナーの後、モデリング技術部会のメンバ+αでワークショップを実施しました。ここでは、要求モデリングの体系化に関して、講師から多くのヒントをいただきました。興味深かった講師の提案として、例えば以下のような考え方が挙げられます:
- 1.「モデリングケース」によるモデリング方法論の位置づけの整理と使い分け
- 2.「構造化、相対化、統合化」による対象の理解と活用
- 3.「モデリング資産=モデリング知識の借入(負債)+モデリング資本」という考え方
「モデリングケース」は、個々の要求モデリング技術を採用する時の背景や特徴、実施例などを共通のフォームで表現する、いわば要求モデリング手法のパターンランゲージのようなものです。「構造化、相対化、統合化」は、モノの見方の枠組みとして様々な分野に応用できる普遍的な考え方です。「モデリング資産」は貸借対照表の考え方を応用して、組織や個人がモデリング技術をどれほど効率的に運用(活用)しているかを分析する手段の必要性についての議論です。
講師との議論を通して、「モデリングケース」で様々な手法群の特徴を捉え、「構造化、相対化、統合化」によって自分たちにとって活用可能なテクニックを開発・蓄積することで、「モデリング資産」の効率的な運用を図る、という一連の取り組みは、UMTPが、モデリング技術を活用・普及していく上で、まさに取り組むべき課題である、とあらためて認識しました。今回の議論は、(1)要求モデリング技術の全体像を把握する、という本来の目的のみならず、(2)UMTPが今後向かうべき方向について考えるための切り口をご紹介いただいた、という点で、大変参考になりました。
(詳細に関しては、第6回UMTPモデリング技術ワークショップ誌上公開のページをご覧ください)。
講師の山本様、そしてセミナーを盛り上げてくれた参加者の皆様、どうもありがとうございました。